月刊ほくと新聞Hokuto News Paper

社長コラム 2024年3月号「北陸新幹線敦賀開業」

2024年03月号

我が社の創業の地 金沢から現在の白山市に移転したのが39年前。

その当時、我が社の後ろを北陸新幹線が走ることを誰が想像しただろうか。現在、社屋や工場敷地内から北陸新幹線が走る姿を毎日見ることができます。

なかなか新鮮でいい眺めです。

 

3月16日に北陸新幹線が敦賀まで開業しました。

北陸新幹線が東京から金沢まで開業したのが2015年、あれから9年が経ち石川県内を通り抜けとうとう敦賀まで伸びました。

開業当日は敦賀や福井だけでなく、小松や加賀温泉も祝賀ムードに包まれ大変盛り上がっていました。

 

この区間の開業までには工事の遅延や能登半島地震の発生などたくさんの苦難があり、今回の開業は関係者にとっては感無量だったと思います。

これからこの敦賀開業がもたらす経済効果は計り知れないものがあります。

ただ・・確かに地元への経済効果は計り知れないのですが、利用する者の立場からすると関西や名古屋方面への利便性や時間短縮効果には

いささか疑問符がつくような気がしています。

もちろん、この北陸新幹線の最終到達地は新大阪なので今の時点でどうこう言うのは時期尚早なのですが。

 

 

物心がついたころから大阪・京都は「雷鳥」、名古屋は「しらさぎ」に乗って乗り換えなしで往復していました。

時代とともに大阪・京都は「雷鳥」→「スーパー雷鳥」→「サンダーバード」、

名古屋は途中、米原での東海道新幹線乗り継ぎ専用特急「加越」も走ったという変遷を辿りましたが、

もう金沢駅で「サンダーバード」や「しらさぎ」に乗れないのかと思うといささか淋しいものがあります。

 

まあ、こんな感傷に浸っていても仕方ないので、とにかく敦賀で乗り換えて関西や名古屋へ行ってみようと思います。

差し当たり来月、大阪出張があるので乗ってみてまたコメントします。

実際、敦賀での乗り換えにどのくらい時間がかかるのか?

行きはいいのですが帰りはもう金沢駅止まりではないので寝過ごさないかいささか心配です。

 

今後、新大阪までの延伸については地下を通過する京都が大反対しているので、

計画を白紙に戻して敦賀から米原までつないで東海道新幹線に合流させたらどうかと思っているのは私だけでしょうか。

敦賀⇔米原は45㎞です。これなら私が生きている間に北陸新幹線で新大阪まで行けるような気がします。今後の展開に期待しています。

 

 

 

 

能登半島地震から3か月近くが経ちました。

まだたくさんの方々が避難生活をおくられ不自由な毎日を余儀なくされていますが、

能登は日を追うごとに少しずつ復旧しておりこれからさらに復旧の速度は上がっていくものと思われます。

そして今後は能登をどうするのか!どうあるべきか!

次の世代の人たちが、声をあげたくさんの知恵を出して復興に向けて動き出してほしいと思います。

 

これからが本当の意味での能登復興へのスタートです。

まだまだ先は長いのですがみんなで力を合わせて必ず能登を復活させるのです。

 

 

 

3月23日に金沢の金石港で1日限定の「出張輪島朝市in金石」が開催されました。

当日は輪島朝市組合から29店が出店し輪島朝市のシンボル、オレンジ色のテントがずらりと並び、

鮮魚や干物・刺身といった海産物や輪島塗の商品や雑貨などがたくさん売られていました。

 

能登半島地震で輪島朝市通りは壊滅状態になり、輪島朝市のお店の皆さんはそれぞれ避難生活を余儀なくされ仕事のめどがまったく立たなくなっていました。

そんな中、港つながりで地元金石やたくさんの皆さんのご尽力のお陰で1日限定ではあるものの朝市が開けたことは本当によかったと思います。

 

当日は朝からあいにくの雨模様でしたが朝市が閉店するお昼までの間に13,000人(・・大本営発表?)の人があの狭い金石の町に押し寄せたそうです。

実は私も仕事の合間に顔を出したのですが金石の町では見たことのないくらいの人で溢れていて到底、

朝市のテントまで辿り着ける状況ではありませんでした。

この模様は全国ニュースでも取り上げられましたが、改めて人の優しさや温かい気持ちを感じる光景でした。

今後はこの「出張輪島朝市」をいろいろなところで開催していただき、その積み重ねが能登復興に少しでも繋がればいいなぁと思います。

お世話いただいた地元金石の皆さんには改めて感謝と敬意を表します。

 

輪島朝市のおばちゃんのあの笑顔と涙がとても印象的でした。

 

 

 

今年の冬はエルニーニョ現象の影響で当初から暖冬!暖冬!の大合唱で、

ホントかなぁと思いながら毎日過ごしていました。

実際、この冬に自宅前で雪掻きをしたのは2回だけ!それもだーっと1時間程度。

会社からの自宅待機の連絡を一度も流すこともなく3月になりました。

 

このまま暖かい春がくるのだろうと思っていました・・が!3月中旬になって気温が急降下、

春分の日に雪が舞うというおおかた春とは思えない光景でした。

まあそんなこんなしているうちに今年の冬も終わり、年度末が近付いてきました。

能登半島地震で多少の被害はあったもののお陰さまで予定していた仕事はすべて無事に竣工して

なんとか新年度を迎えることができそうです。

これも社員の皆さんやすべての関係者の方々のお陰と感謝しています。

 

 

 

4月には新たに新入社員5名を迎えます。

そして7月末にはいよいよ新社屋が完成します。

今年の経営スローガンは「みんなで変わる!」です。

 

年明けから能登半島地震で一旦ブレーキがかかりましたが、

4月からギアを切り替え次の世代に向けて北都はどうあるべきか、

このタイミングで何をしなければいけないのかをみんなで考えていきたいと思います。

変わるときには当然、抵抗もあります。

そこを乗り越え固定観念を取っ払って

さらに明るくおもしろい会社を目指して前に進んでいきます。

新年度からも宜しくお願いします。

 

 

 

・・・と、ここまで書いてそろそろ管理本部にこの原稿を提出しようかと思ったところに

今年度、最後の珍客が登場。「ビーバー君」です!

何で「ビーバー君」が来社したのかは我が社のインスタをご覧ください。

 

とにかく、新年度からも手を緩めることなくさらにいい仕事をしていきます。

長くなりましたが今月も最後まで読んでいただきありがとうございました。

社長コラム 2024年2月号「再始動の2月」

2024年02月号

我が社はお陰さまで本年2月11日に創業90年を迎えることができました。

これもひと重にこれまでお支えいただいた大切なお客さま、

そして大事な社員やそのご家族をはじめ、我が社に関わるすべて方々のお陰と

心より感謝を申し上げます。私が会社に戻って36年が経過し、

社長を任されてから20年が経ちました。その間、ホントにいろいろありましたが

振り返ってみるとあっという間だったような気がします。

そう考えると我が社にとって、この90年は途方もない日々の積み重ねなのですが

気が付いたら90年が経っていたのかもしれません。

計算が間違っていなければ32,873日!この一日一日に意味があり、

幾多の困難を乗り越え、そして出会いや別れがあり、たくさんのお客さまや社員に恵まれ

今日の北都があるのです。何度も言いますが、感謝の言葉しか見つかりません。

今の北都があるのも先人達の血のにじむような努力があったからであり、

私を含め、今いる社員の皆さんはそのことを絶対に忘れてはいけないのです。

 

昨年より創業90周年に向けて、社内外での記念行事を計画し、準備を進めてきました。

これは単に90周年を迎えるお祝いではなく、この90周年を機に

「次世代に向けてのスタート」を切る大事なタイミングと位置づけていました。

これまで積み重ねてきたものをいかに次の世代に伝えていくか

そしてその時代時代にあった北都をこれからどうやって築いていくかを

社員の皆さんと一緒に考え、前へ進めていくいい機会と考えていました。

そして能登半島地震です。1月のコラムにも書かせていただいた通り、

我が社は幸い大きな被害もなく年明けから通常業務を行っていますが、

被災した社員もおり、さらに大切なお客さまである石川県さんや北陸電力さんが

大変な状況になってしまいました。そのため1月はその対応に追われ、

県内の甚大な被害状況を鑑み、記念行事は一旦すべて白紙にすることを決めました。

私自身も記念行事を予定通り進めるマインドには到底なれませんでした。

 

当初、能登半島の被害状況や避難されている方々の様子を見ていると

復旧するには相当な時間を要すると思っていましたが、

震災当日から自衛隊・消防・警察・医療従事者・石川県をはじめとする

各自治体関係者・電力や建設関係者・そしてボランティア活動の皆さん・・

あげればきりがないのですが、本当にたくさんの方々のご尽力のお陰で

状況は少しずつ改善され、復旧もどんどん加速しています。

震災当初に比べるとまわりの状況は、少し落ち着いてきた感じがしています。

ただ、復興への道のりは長く、被災された方々が元の生活に戻るには

まだまだ相当な時間がかかると思います。

 

1月はまだ余震が続き、新年互礼会や新年総会が軒並み中止になり

観光客も皆無で石川県内の経済はコロナ禍以上に冷え込んでしまいました。

2月に入り経済界からは「支援する側が元気に経済をまわさないと

被災地を支援することすらできなくなる。」という声があがり始め、

徐々にではありますが、いろんなことが動き始めました。

そのタイミングで一旦取りやめにしていた我が社の創業90周年の記念行事も

少し形を変えながら進めることにしました。

 

創業記念日2日前の2月9日(大安)に、今回制作した「北都鉄工 90年誌」と

会社からのささやかな感謝の品、そしてお祝いにたくさんいただいたリポビタンD 1本を

全社員に配りました。今回は私が各部署をまわり、社員ひとりひとりにお礼を言いながら

手渡しさせてもらいました。社員の皆さんもそれぞれ思いはあると思いますが、

私は北都の社長をやらせてもらってホントによかったなぁと思う瞬間でした。

たくさんの方々のお支えのお陰です。さらにというか今回まったくの思い付きで、

私の友人の「フルーツむらはた」の村端社長にお願いして

大好きなフルーツパフェ150個を会社に届けてもらいました。

当日、社内にいた人 全員に食べていただきました。

その様子はリアルタイムでインスタにもあがっていたようですが、

例外なく満面の笑みで完食だったそうです。

2月11日の感謝の集いが延期になり、結果的に社員の皆さんへ

感謝の気持ちを伝えるのが一番先になったことはホントによかったと思っています。

やっぱり社員あっての北都なのです。

 

今後、社員の皆さんとの90周年お祝いの会を6月に、

そして一旦取りやめにしていた「北都鉄工創業90周年 感謝の集い」を

10月に開催することを決めました。

改めて開催する感謝の集いは単に感謝の気持ちを皆さんにお伝えするだけでなく、

能登復興への応援の狼煙をあげ、震災にも負けない元気な北都の姿を

皆さんにお見せする機会にしたいと思っています。

 

1月は予期せぬ能登半島地震で一年のスタートの出鼻をくじかれましたが、

これからは能登復興と経済活動を両立させながら

県民一丸となって石川復活のために頑張らなければいけないのです。

まだまだ苦難は続きますが、2024が必ずいい年になることを信じて

これからが今年の本当のスタートです。

 

今月も最後まで読んでいただきありがとうございました。

社長コラム 2024年1月号「能登半島地震」

2024年01月号

その時、私は帰省中の次男と一緒に自宅近くのイオンモール白山の1階にいました。

たまたま時間が空いたので食材を買いに行って、1階のスーパーで支払いを済ませ

歩き出した時に、何の前触れもなくいきなりスマホの緊急地震速報がけたたましく鳴りました。

とっさに2人で屈んで目の前にあった柱につかまっていました。

一度目はそれなりに揺れたのですが、まわりは比較的冷静で棚から物が落ちることもなく、

しばらくして収まったので次男と歩きだしたところで再度、

緊急地震速報が鳴ってその場で屈んだら大きな揺れがきて収まるのを待っていました。

館内放送で「この建物は免震構造で全く心配ありません」が何度も流れていましたが

イオンモール白山の1階は混乱することもなく、順番に出口へ人が流れていきました。

(・・あとから聞いたら2階・3階はガンコに揺れたそうです。)

正直、能登がそんな大ごとになっているとは思わず、

トイレを済ませて帰ろうとした頃から、県外の知人や仲間から電話やメールがどんどんきて、

ことの重大さに気づいて冷静さを失っていました。

慌てて自宅へ電話をかけて無事を確認してすぐに帰宅・・

そのあとはなるべく冷静でいようと思っていても全容がまったくわからず、

いろんなことが頭をよぎって自分でも混乱しているのがわかりました。

社員やそのご家族は大丈夫なのか?金沢市内にいたうちの家族は大丈夫か?

会社や製品は大丈夫か?仲間は?そして能登はどうなっているのか?・・

幸い我が家はモノが棚から落ちた程度でしたが、

時間を追うごとに少しずつ被害状況が明らかになり、余震が続く中、

ただ茫然とニュースを見るしかありませんでした。

 

今回の能登半島地震でお亡くなりになられた方々に対し、

心よりご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心からお見舞いを申し上げます。

そして一日も早い復旧・復興を願っています。

 

これが2024年のスタートです。

 

被害状況や復旧作業については報道にあるとおりで、

震災当日から自衛隊や消防、警察、医療従事者、建設関係者をはじめ

県内外からホントにたくさんの方々が能登に入られ、

休みなく救援活動や復旧作業にあたっていただいております。

極寒の中、ホントに頭の下がる思いであります。日を追うごとに少しずつ

状況は改善されつつありますが、まだまだ先は見えません。

同じ石川県内におりながら、一日も早い復旧をただただ祈ることしかできないのは

ホントに申し訳ないのですが、そんな中でもう少し冷静になって

これから我々に何ができるのかを考えていきます。

 

我が社の状況については、すでにSNS等でご報告させていただいた通り、

幸い大きな被害もなく1月5日より通常業務をおこなっております。

ただ、能登出身の社員をはじめ、そのご家族やご実家が被災した者もいて

会社としてできる限りの支援をしていきたいと思っています。

 

今年は我が社にとって節目の創業90周年の大事な年であります。

本来、創業日の本年2月11日に「感謝の集い」を開かせていただいて、

ご縁のある方々に直接感謝の気持ちをお伝えする予定でしたが、

今回の震災による被害状況や社会情勢を鑑みて、一旦取りやめとさせていただきました。

それに伴い、社員の皆さんとの創業90周年のお祝い会も一旦取りやめることにしました。

さらに今年はすでにご案内のとおり、新社屋の完成に伴う引っ越しをこの夏に控えております。

毎日毎日、同じ石川県内の被災地の状況を見たり聞いたりしていると

正直、我々だけがこんなお祝い事や新社屋への引っ越しをやっていいのだろうか?

普通に生活していていいのだろうか?と思うことがあります。

反面、なんでもかんでも自粛や中止にして経済活動を止めてしまったら、

いろいろなところに影響が出てきて、違う意味で疲弊し

元気な我々が被災地への支援もできなくなるのではないかと思うこともあります。

それぞれの立ち位置によって考え方、見方が違うので正直日々気持ちが揺れています。

今月はそんな気持ちの中で、どうすることが一番いいのかを毎日考えながら過ごしていました。

「これだ!」という明確な答えはまだ見つかっていませんが、

お亡くなりになられた、敬愛する澁谷工業の澁谷弘利前社長がいつもおっしゃられていた

「苦しいときこそ 常に明るく 前向きで」の言葉を思い出しながら、

これからもひとつひとつ判断していきたいと思います。

 

阪神淡路大震災・東日本大震災・熊本地震・・

当時、未曽有の甚大な被害と多くの犠牲をはらいましたが

今はそれぞれ復興して前に進んでいます。

日本は強い国です。能登も必ず復活します!

今年の我が社の経営スローガンは「みんなで変わる」です。

創業90周年や新社屋建設を機に次の時代に向けて、

そしてこの能登半島地震を経験して北都らしく変わっていかなければなりません。

そんな意味でも今年は大事な年なのです。2月はさらに復旧が進みます。

笑顔を忘れず、希望を持って元気に先頭を切って走っていきますので

今年もどうか宜しくお願いします。

 

今月も最後まで読んでいただきありがとうございました。

社長コラム 2023年12月号「こだわりの一年」

2023年12月号

先月の休日に何気にNHK BSPをつけたら

「T H E TULIPファイナル福岡公演 TULIP50周年記念ファイナルツアー」

という番組をやっていました。思わずテレビに釘付けになり録画してしまいました。

今年2月のコラムでオフコースのことを書かせていただきましたが、

このチューリップもほぼ同年代!

1968年 結成で、厳密には結成して55年が経過しているはずです。

まあここまでくるとかなりマニアックな話題なので、

ある一定の年代以下の方々にはまったく興味のない話で申し訳ありません。

リーダーは財津和夫、一般的に知られている代表曲は「心の旅」や「サボテンの花」などです。

現在、財津和夫は75歳、メンバーの入れ替えもありましたが

その他のメンバーもほとんどが70歳超え・・。

当然!観客席の平均年齢もライブツアーとしては極めて高いのです。

オフコースもそうでしたが、私の年齢よりはるかに上の方々が頑張って歌い続ける姿には

なにか惹きつけられるものがあり、その楽曲にも感じるものがあります。

番組の最後に「今日がファイナルなのに追加公演が決まりましたぁ!」というので、

慌ててサイトを見たら来年3月31日に金沢歌劇座でツアーが組まれていました。

思わず、ローソンチケットで先行予約を申し込んだら見事に落選!!

やはり金沢にも私以上にマニアックなファンがたくさんいることを改めて実感しました。

時代や世相が変わろうと自分たちの楽曲にこだわり50年以上も歌い続け、

さらにそれをずーっと支え続けるファンがいることはホントに凄いことだと思います。

(・・当然!そのファンの平均年齢も高いのです)

 

今月はこんな出だしなのですが・・

今年一年のコラムを改めて読み返してみると、

結局、何かにこだわっている人にフォーカスしていることに気づきました。

オフコース・タリーズの副店長・能美のドイツパン職人・竹内製作所さんの竹内社長・

全国の虎党・・そして今月のチューリップ・・。

それぞれのこだわりに何か惹きつけられるものがあり、

私自身もこの一年、自分なりにこだわって仕事をしてきた気がします。

 

今年は「次世代に向けてのスタート」のスローガンを意識して、

次につなげる会社づくりをどうすればいいのか・・

会社の方向性、働きかた、会社の運営を考えながら

一大事業である新社屋の建設をスタートさせました。

おかげさまで新社屋建設工事は今のところ順調に進んでおり、

現在全面を防音シートに覆われていますが、この防音シートも来年5月には撤去され

いよいよ全容が見えてきます。そして年明けからは今回の新社屋建設の大きな目的である、

次の世代を見据えた働きかたや会社づくりをどう進めていくかを具体的に考えなければいけません。

すでに進めているペーパレス化、北都方式のフリーアドレス・・

そしてなにより社員のみんなが新社屋で時代にあったいい仕事をする、

そして北都らしい明るい職場を新社屋でどう表現するかだと思っています。

新社屋建設を機にもっともっとたくさんの人たちが集まる

おもしろい会社をみんなでつくるのです。

その為には私を含めこれまでの固定概念を一度取っ払って、『みんなで変わる!』。

そのことが必ず次につながり、新しい北都が見えてきます。

来年も大事なお客さまのため、大切な社員のため、ということにこだわって

この新社屋建設事業をさらに進めていきます。工程はほぼ折り返しです。

7月末の完成が楽しみです。

 

今年もいろいろありました。

その中でも一番インパクトが強かったのはやはり長い間、

闘い続けたコロナがゴールデンウイークあけに5類に引き下げられたことです。

それを機に世の中がさらに動き出し、今まで止まっていたこと

我慢していたことが少しずつ元の形に戻ってきました。

そしてコロナ禍を乗り越えていい意味で変わってしまったこともたくさんあります。

コロナを経験し、ウクライナやイスラエルの戦争状態を目の当たりにすると、

平和で普通に暮らせていることがいかに幸せかということを我々は思い知らされました。

本当に感謝であります。

 

・・と、ここまで書いたところで不覚にも風邪をひいてしまい

2日間寝込んでしまいました。社長になって20年、

一度も風邪で寝込むことはなかったのに、さらにコロナ禍でも戦線離脱することはなかったのに・・

と思いつつおとなしく自宅療養していました。

その時に今年の年頭に立てた自分の目標「ONOFFの切り替え!」のことを思い出していました。

毎日なんだかんだとやっているうちに時間が経ってしまい、

結局、仕事とプライベートの境がほとんどないまま今年も過ぎようとしています。

会社やまわりにご迷惑をおかけしましたが、

二日間寝込み体を休めたことで、その帳尻を少しでも合わせられたのではないか

と思ったりもしています。

病気でOFFの時間を穴埋めするなんて本末転倒なので

来年こそは「ONOFFの切り替え」をしっかりして健康に気をつけ、

さらにいい仕事をしようと思います。

 

今年一年、私のつたないコラムにお付き合いいただき有難うございました。

皆さまにとって新しい年がさらに良い年になることをお祈りして今年も締めたいと思います。

社長コラム 2023年11月号「祝 阪神タイガース日本一」

2023年11月号

11月5日は大阪のみならず全国の虎党は歓喜の美酒に浸っておりました。

道頓堀は言うまでもなく、新地もミナミも翌朝まで狂喜乱舞の一晩だったと思います。

阪神タイガースが球団初の日本一に輝いたのが38年前!!

我が社でも生まれていない社員がたくさんいるくらい昔の話になります。

そのときのクリンナップは3番 ランディ・バース(現在69歳)

4番 掛布雅之(現在68歳)5番 岡田彰布(現在65歳)・・

もちろん岡田彰布は現在の阪神タイガースの監督でありますが、

この3人のことを覚えている人はどれだけいるのでしょうか?

私はそのころ訳あって?熱烈な巨人ファンを名乗っておりました。

なぜ阪神ファンに改心したかは置いておいて・・

この年、巨人ファンにとっても記憶に残る鮮烈な試合というか場面がありました。

1985年4月17日 甲子園球場での阪神-巨人戦7回裏、世にいう「伝説の3連発」です。

3番 バース、4番 掛布、5番 岡田が、巨人の槇原からのたった6投球の間に

バックスクリーン周辺へ3連発のホームランを叩き込んだのです。

あの場面は私もテレビ中継で観ていて今でも覚えています。

ちなみにこの時の巨人の4番は原辰徳前監督だったのです。

今にして思えばこの試合が、その年の阪神タイガース日本一への序奏だったのかもしれません。

そして38年経って岡田彰布監督が再び

日本一を達成する時に巨人の監督が原辰徳だった。

やはり、何か因縁めいたものを感じるのは私だけでしょうか?

 

今年の日本シリーズは関西ダービーだったこともあり、

全国的にはイマイチ盛り上がりに欠けていましたが、

NPBの興行的には最終の7戦目までいって万々歳で、

それぞれのコアなファンにとっても最高の展開だったと思います。

1試合での収入が5億とも6億とも言われているので、

4試合で決まるのと7試合までやるのとでは関西圏での経済効果もまったく違うのです。

今年の日本一への分かれ目はやはり、第7戦の4回表

大山を追い込んで宮城投手が投げた内角のデッドボールだったと思います。

そのあとにノイジーがホームランを打って、緊迫した試合の流れがイッキに阪神に傾いたのです。

阪神ファンはみんな同じことを思っていますが、

今年の岡田監督の采配は普通のことを普通にこつこつやる!奇策無し!

当たり前のことを積み重ねて日本一になった。

勝負の世界は結果がすべてなのですが、我々企業人も

この岡田采配に見習うところがたくさんあるような気がします。

今から来年の阪神タイガースの戦いが楽しみです。

 

11月7日に森喜朗先生が久々に故郷、能美市の根上町に登場され

能美市の中学3年生500人の前で熱弁をふるわれました。

森喜朗先生は86歳、中学3年生は15歳・・

70歳の世代間ギャップのある中、冒頭、能美の歴史やご自分の生い立ち、

戦争でご家族を含めて大変ご苦労されたことを話されていました。

私は今回も森喜朗先生に同行して、舞台袖で会場の様子を見ていましたが

正直、生徒たちはピンときていない様子でした。

確かにこの平和な時代に生まれ育った子供たちに

昔の戦争や争いの話をして理解しろと言うのは無理なのかもしれません。

しかし今、自分たちが平和に暮せているのは

先人達が命を張ってこの日本を守ってくれたからである!

ということをほんのちょっとでも心に留めて、感謝の気持ちを持って

これからの人生を歩んでほしいと思うのです。

今回この企画を考えた私と同年代の能美市の井出敏朗市長も

そのことを中学3年生に伝えたかったのではないかと勝手に思っています。

後半の部は今度は攻守交代?生徒代表からの森喜朗先生への質問コーナー・・

「今の減税と増税の政策をどう思うか?」「北陸新幹線の敦賀開業効果は?」

「ロシアとウクライナの紛争などの国際問題をどう思うか?」・・等々、

まあ中学3年生がそこまで言うのかというくらいの質問を飛ばし、

それを森喜朗先生なりに丁寧に回答されていました。

私が横で聴いている限り森喜朗先生はどちらかというと防戦気味?

これはこれで見ていてなかなか面白かったです。

全部、終わって生徒代表から花束をいただき、

全員に見送られて満面の笑顔で会場をあとにする姿がとっても印象的でした。

ご存じのように森喜朗先生は9月に転んで足の骨を剥離骨折され

現在、車椅子状態です。

ご年齢を考えても車椅子で東京から移動するだけでも大変なのに、

中学生の前で延々2時間熱弁をふるわれ、横で見ていてもホントに凄いと思いました。

私は小松空港までお見送りに行ったのですが、全く疲れた様子も見せず、

最後は笑顔で車椅子から手を振って飛行機に乗って行かれました。

東京から同行された秘書の方を含め、まわりは大変だったと思いますが、

森喜朗先生のまったく衰えていないあの気力とパワーには脱帽であります。

次回はしっかりリハビリをして必ず歩いて来県されると確信しております。

 

11月10日(金)大安の朝に新社屋の棟上げをしました。

施工チームの皆さんのおかげで基礎工事も予定通り終わり、

いよいよ鉄骨を組み始め少しずつ新社屋の全容が見えてきました。

正直、基礎工事の時には新社屋は案外小さいのかなぁと思って見ていましたが

鉄骨を組み始めると「でか!」って感じです。これから工程が進むのが楽しみです。

 

今年もラスト1か月になりました。

来年2月にはわが社は創業90周年を迎え、

例年以上にばたばたの師走になると思いますが元気に乗り切ろうと思います。

 

今月も最後まで読んでいただきありがとうございました。

社長コラム 2023年10月号「金沢市経済活動賞」

2023年10月号

10月に入っても30℃近くの日が続いてどうなるのだろうと思っていたら

第一週の後半を境に季節がイッキに秋になってしまいました。

温暖化とはいえ、ちゃんと秋はやってくるのです。

いよいよタリーズのロイヤルミルクティが美味しい季節になって参りました。

今更申し上げるまでもないのですが、私はこの夏の猛暑の間も欠かさず

ホットのロイヤルミルクティを飲み続けていました。

最近、スマホのアプリに入れてある自分のタリーズカードの中に

店舗別ランキングというのを見つけました。

自分なりにこだわって週末休みの朝はタリーズ!と決めてせっせと通っていたのですが、

私の順位は13位?この店舗別ランキングが来店回数なのか

トータル購入金額なのかわからないのですが・・

少なくともあの金沢入江店で私の上をいっている人が12人いるということです。

この12人が多いのか少ないのかは別にして・・

ここまできたらさらに上を目指してこの冬もせっせとロイヤルミルクティを飲むことにしよう。

 

今月10日に金沢市から令和5年度 金沢市経済活動賞をいただきました。

大変栄誉なことで本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

当初、金沢市産業政策課さんのほうから内示のお知らせをいただいたときに

一瞬、誰の話?って感じでピンとこなかったのですが・・

いろいろお話をお聞きするにつれ、事の重大さを実感してきました。

私でいいのかなぁというのが率直な気持ちでした。

そもそもこの金沢市経済活動賞は

「金沢市の商工業、観光等の分野で他の模範となる活動を行い、

地域経済の振興及び発展に貢献している中堅経済人と、

永年にわたり地道に活動をしている方を顕彰するため、平成13年度に創設」となっていました。

昨年までに60名の方々が受賞されているそうです。

過去の受賞者の中には金沢を代表する立派な経済人がたくさん並んでおられ、

その方々の貢献に比べれば私などはまだまだ足元にも及びません。

今年度の受賞者は私を含めて3名、ひとりは私の長年の友人である日栄商事の中村哲郎社長、

もうひとりは石川トヨタの架谷洋司社長です。

特に中村哲郎社長とは学生時代からの長い長いお付き合いで、

子供たちも同年代、父親同士も同い年で

残念ながら父上の外志郎さんはお亡くなりになられていますが、

今でも中村家と小池田家は切っても切れない関係であります。

その中村哲郎社長と今回一緒にこの経済活動賞を受賞できたことは二重の喜びでもありました。

 

受賞式が始まる前までは、中村哲郎社長と架谷洋司社長と

控室で結構リラックスして雑談していましたが、

いざ受賞式になり、金沢市文化ホールの大ホールに入った瞬間に空気は一変しました。

ぴーんと張りつめた雰囲気の中、壇上には村山卓金沢市長や高誠金沢市議会議長、

そして山田・新保両副市長が座っておられ、さらに会場には受賞者の関係者を含め、

たくさんの方々がこの受賞式に参列されていました。

あの光景を見て改めてこの経済活動賞の重みを認識しました。

そして檀上で村山市長から直接、経済活動賞の賞状と正賞(楯)をいただきました。

正直あんなにでかい賞状をいただいたのは生まれて初めてでした。

おまけにその賞状は和紙(・・たぶん金沢の二俣和紙?)にすべて手書きで書かれていました。

びっくりです!あの賞状じたいにも価値があるのです。

今回は文化活動賞・スポーツ文化活動賞の受賞式も同時に執り行われたのですが、

それぞれの受賞者もごくわずかの方々でした。

 

そもそも今回の経済活動賞の受賞は私の功績ではなく、

私のベースである我が北都鉄工のみんなが頑張っていい仕事をして、

世の中に少しはお役に立てていることが評価されたのだと思っています。

たまたま私はそこの社長をやらせてもらって、経済活動をおこなっているだけなのです。

今回の賞状は社員や家族を含めた北都鉄工に関わる全員にいただいたものです。

今回の受賞を励みにこれからも全社員と一緒になって、なお一層精進して

本当の意味でお客さまに喜んでいただける仕事をしていきます。

そしてそのことがまた地域や世の中のためになると信じています。

これからもどうか宜しくお願いします。感謝!

 

・・本来なら今月はここで締めたいところなのですが、

やはり阪神タイガースを書かなければいけません。

この原稿を書いているときにちょうどCSで広島に3タテを食らわせて

日本シリーズ進出が決定しました。

阪神タイガースのセ・リーグ優勝決定から1か月近く間が空いて

その間、ラグビーワールドカップやアジア大会の熱戦が繰り広げられ、

何となく間延びした感があり、阪神タイガースは大丈夫だろうかと心配しておりました。

しかしその不安はあの広島とのCSの戦いぶりを観て完全に払しょくされました。

とにかく今年の阪神タイガースはめちゃめちゃ強い!あの勝ちっぷりはお見事!

1か月空いてもシーズン中の勢いはまったく衰えていなかったのです。

今年はオリックスとの関西ダービーを制して日本一間違いなし!

これでまた関西の景気はさらに上向くのです。

(余談ですが・・・個人的にはCSそのものに疑問を感じています。

そろそろ考えたほうがいいと思う。そもそも一年を戦ってリーグ優勝したチームが

そのまま日本シリーズへ行くべき!)

 

新社屋建設工事は今月で基礎工事も終わり、来月からいよいよ鉄骨の建て方が始まり

新社屋の全体像が見えてきます。とっても楽しみです。

早いもので今年も残り2か月ちょっと、

今年の冬はスーパーエルニーニョで暖冬と言われていますが・・ホントかなぁ。

とにかくそろそろ冬を迎える心構えだけはしようと思います。

 

今月も最後まで読んでいただきありがとうございました。

社長コラム 2023年9月号「Made in ジャパン!」

2023年09月号

「暑さ寒さも彼岸まで・・」今年の夏は異常続きの高温で

ホントにこの暑さはいつまで続くのだろうと思っていましたが、20日過ぎたあたりから

少しずつ気温が下がり始め、ようやく秋の気配が感じられるようになってきました。

先日、能越自動車道 輪島道路の盛大な開通式に出席してきました。

我が社は5年前に三井インターOFFランプ橋を施工させていただき、開通パレードの時にその橋を渡って

一般道に降りました。自分の会社で架けた橋を、開通式でみんなと一緒に渡るのは感無量なのです。

地域のお役に立てたことに喜びを感じ、社員に感謝しつつ

このことが我が社の原動力につながると思っています。

 

ところで皆さんは、長野県に竹内製作所という会社があることをご存じでしょうか?

長野市内からクルマで30kmほど、南へ下がった坂城町というところにあります。

この会社は油圧ショベルやミニショベルを製造する建機(建設機械)メーカーで

従業員1,100名、売上1,800億円、経常利益213億円、東証プライム市場上場の超優良企業です。

一般的に建機というとコマツさんや日立建機さんといった

大型のショベルカーをつくる会社をイメージするのですが

この竹内製作所さんはそれらの会社とは一線を画し、小型の建機に特化して

設計開発から製造・販売までおこなう完成品メーカーです。

先日、石川県鉄工機電協会 広報情報委員会の研修視察でこの竹内製作所さんを訪問してきました。

当日は当委員会メンバーの中に、竹内製作所さんの大事なサプライヤーも含まれていたこともあり

竹内敏也社長さんや渡辺孝彦管理購買部長さんという、我々が普段なかなかお会いできない

お二人にまでご登場いただき、直接お話をお聴きする機会をいただきました。

失礼ながら私は今回お伺いするまで、この竹内製作所さんが長野のどこにあってどんな会社なのか、

ほとんど知りませんでした。実は私は県内でこの竹内製作所さん製のミニショベルカーを見たことがありません。

それもそのはずで、現在石川県内に竹内製作所さん製の建機は数台?4~5台?しか

稼働していないそうです。そもそも竹内製作所さんは国内に市場を求めておらず、

なんと99.5%を海外に輸出されているそうです。

今回、竹内社長さんのお話をお聴きして正直驚きの連続でした。

「海外メーカーより高くても頑丈で壊れないいいものをつくる。」

「カタログには載っていない部分にこだわって、使った人にしかわからない良さを感じてもらう。」

「そのために自分たちの目の届くところでモノづくりをする、あくまで国産にこだわる!」

と、おっしゃるのです。実際、ほとんどの輸出される製品は、完成品に近い状態で輸出され

現地には最終工程のみを行う工場と、その販売拠点しかないそうです。

それで年間30,000台を出荷しているのです。

そもそも長野県には港がないので、200km離れた静岡の清水港から輸出しており

さらに今年、年間生産能力10,000台の新工場を本社から15km離れた長野県内に完成させたそうです。

創業以来、国産にこだわり、地元長野に貢献して、お客様に喜んでいただける建機を作り続ける

竹内製作所さんには完全に脱帽でした。

東証プライム市場上場の会社が、ここまでこだわってモノづくりをやるのかと感激して帰ってきました。

もちろん工場も見せていただきましたが、言うまでもなく

整然とすきまなく製品が並びスムーズにラインが流れていました。

わが社もモノづくりにはこだわっているのですが、竹内製作所さんの足元にも及びません。

竹内社長さんのお考えや、会社運営について見習うべきところがたくさんあったことは

今回の研修視察の大きな収穫だったと思います。

わが社でも1台、竹内製作所さんのミニシャベルを買って使ってみたいと思いましたが・・

具体的な使い道が思い浮かばず、多分うちの管理本部は首を縦に振らないと思う。

ちなみの竹内製作所さんのコーポレートカラーは「赤と白」です。

そう!日の丸の「赤と白」だそうです。あくまで「Made in ジャパン」なのです。

 

今月、経歴の違うお二人の講演を聴く機会がありました。

お一人はわが社のユニフォーム(作業服)で大変お世話になっている

お隣、福井県にあるユニフォームネクストの横井康孝社長さん

もうお一人は全国大学ラグビーフットボール選手権大会で、史上初の9連覇を達成した

帝京大学ラグビー部前監督の岩出雅之さんです。

横井社長さんは「いつもお客様の立場になって考える!既存のお客様を大切にする。」

「社員みんなで努力して成長していく。誰ひとり置いていかない!」

「社員の積極性を引き出すために簡単で大事なことを徹底する。」

そんな企業文化を構築するために結局、行く着くところは「人づくり!」だとおっしゃっていました。

横井社長さんにお会いしたのは今回で3回目、会社へは2度お伺いしました。

決してユニフォームネクストさんの宣伝するつもりはないのですが

是非皆さん一度このユニフォームネクストさんと接点を持たれることをお勧めします。

横井社長さんがおっしゃっていることを、社員の皆さんおひとりおひとりが見事に実践され

最高の笑顔で働いておられます。

もうお一人の岩出前監督は、当初9連覇するためにどんな厳しい練習やトレーニングを積んで

どんな戦術で闘ったのかと言うお話を想像していたのですが、そんなお話は一切ありませんでした。

強いチームを作るには

「自分たちでしっかり考えて、DXの時代になっても人にしかできないことは人がやる!」

そのためには、「聴く耳を持つ」「笑うことが大事だ」「お金で買えないわくわくドキドキを持て」・・

結局「ラグビーを通じて人づくり人間づくり」をしているのだとおっしゃっていました。

もちろん9連覇は日々の厳しい練習の積み重ねの賜物なのですが、

そのベースに「人づくり」があるからこそ、本当に強いチームができるのだと思いました。

お気づきの通り、お二人の共通点はまさに「人づくり」なのです。

言葉で言うのは簡単なのですが、大変難しいテーマ!ある意味、永遠のテーマかもしれません。

私が今やっていることは、このお二人にはまだまだ及びませんが

お二人が講演で話されたことをしっかり胸に刻んで、日々仕事にあたりたいと思います。

 

気が付いたら今年もあと3か月ちょっととなりました。

先日の日経新聞に12~2月、気象庁予報「東・西日本、暖冬に」「日本海側、降雪量少なく」

という記事が載っていました。

今冬は南米ペルー沖の海面水温が上昇する「エルニーニョ現象」や

偏西風の蛇行で暖冬傾向になる!と書いてありました。ほんとかなぁ???

10月は穏やかな天候が続くことを期待します。

来月は阪神日本一、ラグビーワールドカップ日本決勝トーナメント進出・・・楽しみです。

今月は長くなりましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

社長コラム 2023年8月号「こだわりのドイツパン職人」

2023年08月号

とにかく今年の夏は暑かった!(・・いや!まだ夏は終わっていない。)

当初はエルニーニョ現象が発生して今年の夏は冷夏とか言うてませんでしたっけ?

どこが冷夏なんだぁ!!と怒ってみても仕方がないくらい暑い毎日なのです。

石川県も熱中症警戒アラートが発令しっぱなし。

おまけにお盆休み真っ只中に台風7号が近畿地方を縦断するし、ゲリラ豪雨はくるし、

線状降水帯が全国各地で発生するし・・

こんな状況を目の当たりにすると

本気で地球温暖化をくい止めないと世界は大変なことになるのだと実感します。

とにかく立秋を過ぎてもまだまだ暑い日が続いています。

 

今月もいろいろありすぎて、何を書こうか迷いながらパソコンと向きあっています。

そんな中で今月12日に、長年続いている鉄工関係の懇談会?懇親会?にうちの相談役に代わって

会員として初めて出席しました。(・・厳密には過去に代理で3~4回出席した記憶があります。)

その名も「鉄工十二日会」。

たぶん私の祖父の時代から続いている県内でも稀な超長寿の会です。

もちろん代替わりもして現在会員数は30名ほどで、40代~80代の幅広い年齢層の会員で構成されています。

毎月例外なく12日に開催され、幹事は持ち回りで、

毎回幹事が講師をお呼びし、講演を聴いたのち懇親会という至ってシンプルな設えです。

 

今月はお盆休みのど真ん中でいつもより出席者数が少なかったそうですが、

今回登場した講師の方のお話に思わず聴き入ってしまい、

途中から「はぁ~この人、いったい何者?」状態でした。

ご本人の了解を得たので実名で書かせていただきますが・・

能美市の松が岡で「ブロートルーフ」というパン屋さんを開き、ひとりでドイツパンを焼いて販売している

池見藍さんという素敵な女性の方です。年齢はお聞きして驚いたのですが・・うちの長男の2つ上。

金沢大学を卒業して県内の陶器メーカーで勤務したのち、単身ドイツに渡り修行して、地元に戻り

松が岡で自分のお店を建て、ドイツパン専門店を開いたそうです。

この池見さん、何が凄いかというと妥協を許さないこだわりとその行動力、そして突破力。

当初からフランスパンではなくドイツパン!

それもオーガニック(化学肥料や合成農薬を使わないもの・・)にこだわり、

誰が何と言おうとその路線を曲げず、仕入先の業者さんや同業のパン職人さんから反対されても、

最高のオーガニックのドイツパンを焼きたかったそうです。

お店の場所を決め、焼き窯をはじめいろいろな器材、そして食材に至るまですべてひとりで調達し

さらに開店してからドイツの良さを広めるために、わざわざ東京のドイツ大使館まで出向き

自分がドイツで感銘を受けたことを話しに行ったそうです。まさにドイツ愛(藍)!

私もこれまでいろいろな方にお会いしましたが、30代前半の女性がここまでやるか!!と感じました。

我が社もお客様に喜んでいただける製品づくりにこだわって仕事をしていますが、

池見さんのこだわりには正直脱帽でした。おそらくこれから地域にも貢献し、

もっと大きなフィールドで活躍されるものと期待しています。

後日、お店に出向き「レーズンティンケル」「プレッツェル」などを買わせていただき、家族で食べました。

今月は決して池見さんのお店の紹介をしているわけではないのですが・・

言わずもがなで気持ちがこもったとっても美味しいパンでした。

この話に興味のある方は是非一度お店に足を運んでみてください。冬はシュトーレンです。

 

夏と言えば、甲子園!

今年は慶応義塾の活躍に全国の高校野球ファンは釘付けになったのではないでしょうか?

私も昔は高校球児の端くれ。

高校野球といえば汗まみれ泥まみれになって白球を追い、

お世辞にもスマートでかっこいいスポーツではないと思っていました。

しかし慶応義塾の選手を見ているとそんなイメージとはほど遠く、長髪イケメン爽やかな笑顔、

それでいて速い球を投げよく打ち守備もいい!

色黒の湘南ボーイ(・・これは死語?)がそのままユニホームを着て甲子園で勝ち上がっていった印象です。

(・・これはあくまで私個人の意見です)

もちろん我々の知らないところで、血のにじむような練習を重ね、

激戦区神奈川を勝ち抜き甲子園出場を果たし、そのままの勢いで全国の強豪校を倒して、

最後は仙台育英の2連覇を阻んで107年ぶりの優勝です。

おそらく全国の慶応OBは大騒ぎになっていると思います。(・・もちろん私は違います)

優勝インタビューで慶應義塾の森林監督は

「高校野球の新たな可能性や多様性を何とか示せればと思って日本一を目指した!」とおっしゃっていました。

正直凄いなぁと思って聞いていました。

長い間、大事に受け継がれた伝統を守りつつ、その時代に合ったやり方で強いチームを作る。

まさに不易流行なのです。今回の慶應義塾の活躍に刺激され、

また新しいおもしろいチームが出てくることを期待したいと思います。それにしてもこの森林監督、

慶應義塾幼稚舎3年のクラス担任と野球部の監督を兼務してるって凄くないですか!!

 

甲子園といえば阪神タイガース!

毎年この時期「死のロード」に出て負け越すのが定番だったのですが・・

今年はどんどん勝ち星を重ねついにマジックナンバー24(8月23日現在)。

夢にまで見た岡田監督の胴上げが来月には見られると思います。

デッドボールや故障で戦力ダウンしているのに何でここまで強いのかよくわからないままの優勝となりますが、

とにかくこれでまた関西の景気が上向くこと間違いなし!

 

9月になるともう少し気温が下がり、秋の気配が感じられることを期待して

夏の終わりを待ちたいと思います。今月も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

社長コラム 2023年7月号「ONE TEAM(ワンチーム)」

2023年07月号

あのラグビーワールドカップ日本開催からもう4年が経ちました。

私のようなラグビー門外漢でも日本チームがプールAを首位で突破して、

決勝トーナメントに進出したことは今でも記憶に残っています。

リーチマイケル・堀江・松島・稲垣・田中・・と、あのキャラ立ちした選手たちの活躍は、

ラグビーファン以外にも興奮と感動を与えてくれました。

今年はラグビーワールドカップフランス大会が開催されます。

さらにバージョンアップした日本チームを期待したいと思います。

 

その2019年の日本代表のスローガン「ONE TEAM」がその年の流行語大賞に選ばれ、

さらに日本ラグビー協会によって、そのロゴが商標登録出願されていたそうです。

その後、この「ONE TEAM」という言葉がいろいろな場面で使われるようになりました。

ラグビーはひとりが優秀でも絶対に勝てない!

日本チームキャプテンのリーチマイケルは

「ONE  TEAMといっても一夜にしてできるものではない。」といい、

当時、スポーツジャーナリストも

「ONE TEAMの完成に至る道は山あり谷ありであった。

平坦な道を選ばなかった選手やスタッフが誇り高きチームを作り、歴史を変えたのである。」と述べています。

個人的にはこの「・・平坦な道を選ばなかった選手やスタッフ・・」というのが核心だと思っています。

低い壁を選ばず、あえて高い壁に挑戦する。

そしてチーム全員で力を合わせて難問に立ち向かいそれをやりきる!

結果、強固なチームが形成される。なかなかできることではありません。

 

我々の企業活動に当てはめて「ONE  TEAM」とは何か?

組織の一体感が強い状態、強いチームワーク、団結力・・

さらに「ONE TEAM」になるためには、「魅力的な目的」が必要だと言われています。

我が社にとっての「魅力的な目的」とは?

いい環境で、いい待遇で、いい仲間と、いい仕事をすることは大事な目的だと思いますが、

やはり私は「大切なお客様に喜んでいただける仕事をすること」が

我が社にとっての「魅力的な目的」「みんなで目指す目標」だと思います。

 

若い社員や女性社員も少しずつ増えてきました。

時代とともに、それぞれの世代での考え方も仕事の取り組み方もどんどん変わっていきます。

当然、世代間のギャップや軋轢もあると思います。

それでも、その難問をみんなで乗り越えて

これからも「大切なお客様に喜んでいただける仕事をする!」という

「魅力的な目的」「高い壁」に全社員で挑み続けなければいけないのです。

そしてその結果、強固な「ONE TEAM」・最強の「チーム北都」が形成されるのです。

今月はいささか硬い話でスタートしましたが、

我が社も新しい期に入りましたので、私の思いの一端を書かせていただきました。

 

 

 

ところで「ONE TEAM」といえば・・

今、我が社のまわりで1年限定の「ONE TEAM」が結成され、大きなの目標に向かってスタートを切りました。

新社屋建設工事のプロジェクトチームであります。

既に厚生棟リノベーション工事は完成して、事前準備工事が6月からはじまっており、

7月12日には我が社の役員や建設に関わる会社の方々と地鎮祭を執り行いました。

このことは、地元紙や業界紙にも取り上げていただき、たくさんの方々からお声をかけていただきました。

新社屋建設工事は、設計監理を五井建築研究所さん、施工を髙田組さんにお願いして、

さらに米沢電気工事さん、日栄商事さん、金太さん、総合園芸さんに

それぞれ専門工事をお願いすることにしました。

これらの会社さんとはそれぞれに深いご縁があり、

これまでいろいろな形でお世話になった会社さんばかりであります。

今回、その皆さんに新社屋建設工事をお願いできたことは、

我が社にとっても個人的にもホントによかったと思っています。

 

そして今回は、単に新社屋を建設することだけでなく、

ものづくりにこだわり、それを生業にしている我が社らしいプロセス、

そして五井建築研究所の喜多社長がおっしゃった

「この新社屋を立派な作品として仕上げたい!」という「魅力的な目的」のために

施工者と施主の壁を取っ払って「ONE TEAM」を結成して完成を目指します。

言葉で言うのは簡単なのですが、これから1年間いろいろな難問が待ち受けています。

その難問を「魅力的な目的」達成のため、

そして完成を待ち望んでいる我が社の社員や関係者の思いのために、

1つずつ乗り越えていきたいと思います。

工事期間中、社員の皆さんをはじめご来訪者の方々には

ご不自由やご迷惑をお掛けすると思いますが、どうかご理解とご協力をお願いします。

 

 

 

7月に入っても大谷翔平の勢いは止まらず、

さらに我らが阪神タイガースもなんとか首位をキープしております。

このままのペースでこの夏を乗り切れば、

大谷翔平のホームラン王とタイガース優勝が現実味を帯びてきます。

まあ、大谷翔平についてはホームラン王だけにとどまらない・・と思いますが。

そんなことを楽しみにしながらこれから迎える夏本番を乗り切っていきたいと思います。

 

今月で社長コラムを書き始めてちょうど2年が経ちました。

内容はまだまだ納得できるものではないのですが、

これからも一生懸命書き続けますのでどうぞ宜しくお願いします。

今月も最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

社長コラム 2023年6月号「思えば遠くへ来たもんだ・・」

2023年06月号

皆さんはこの曲を知っていますか?

あの武田鉄矢率いる海援隊が1980年に発表した曲で、映画の主題歌にもなりました。

私が19歳の時です。

1980年(昭和55年)。この年にまだ生まれていない社員が半分以上いる?

「思えば歳を取ったもんだ・・」まあそんなことはどうでもいいのですが・・。

 

私が平成17年(2005年)から、

毎年ほぼ欠かさずご挨拶にお伺いする大切なお客さまが、

青森県の下北半島突端にある大間町にいらっしゃいます。

途中、東日本大震災やコロナで何度かお邪魔できなかった時期もあったのですが、

通い始めてもう18年が経ちました。

仕事の関係上、ここでは具体的にお客さまの会社名はあげられませんが、

振り返ってみると我ながらホントによく通っています。

念のため申し上げておきますが、決して「大間のまぐろ」を食べるために通っているわけではありません。

一番はじめにお伺いした18年前はまだ寝台特急「日本海」が走っていて、

金沢駅から前日の夜にそれに乗り、翌朝青森駅に着いて、

駅前のサウナで着替えて、そこからレンタカーで大間まで延々4時間!!

そのころはまだ高速道路や自動車専用道路も短い区間しかなく、ひたすら一般道を走っていました。

それから年が経つにつれ、東北新幹線が盛岡以北まで順次開業して、

今では青函トンネルを越え新函館北斗まで伸びました。

さらに北陸新幹線も金沢まで開業して、

現在は金沢駅から最寄りの七戸十和田駅まで最短乗り継ぎで4時間半、

そこからレンタカーで途中のむつ市まで1時間強、さらに大間町まで1時間、

以前に比べればホントに近くなりました。

現在は、下北縦貫道が北に伸びているのでさらに近いです。

ちなみに飛行機を使う手もあるのですが、

乗り継ぎや青森空港・三沢空港からの移動を考えると、新幹線のほうが便利で速い!

くどくど大間までの移動の話をしましたが・・

実際の移動距離は全部あわせると1,200kmくらいあります。

まあ、何でそこまでして毎年通っているかという話は今回は置いておいて、

毎回思うことはとにかく日本が広いということ。

訪れた人は「思えば遠くへ来たもんだ・・」を口ずさみたくなること間違いなし。

金沢とは気候も風土もまったく違います。

今更言うまでもないのですが、下北半島は金沢より北東に位置している為、

この時期、陽が長いのです。朝3時半くらいから明るくなります。

初めてむつに泊まったときはホントにびっくりしました。

ほたても美味しいし、恐山もそびえ、

本州最北端の大間崎には元気で底抜けに明るい店員さんがいる大間観光土産センターもあります。

皆さんも是非、ご自身で訪れてあの下北の風土を味わってみてください。

なんか今月は下北のPR旅行記になっているようですが、

毎年大間には仕事で行っていることだけは信じてください。

 

今月うちの東山本部長とその大間へ行って参りました。

実はむつ市内にも大切なお客さまがいらっしゃって、毎年うちの別の社員がお邪魔しています。

石川県の企業で毎年、下北半島へ出向いているのは我が社ぐらいでしょうか?

仕事の進捗状況を考えると最低でもあと7年くらいは通わなければいけないと思っています。

毎年おんなじ行程で大間を往復しているのですが、

ある時期から年々体がしんどくなっていることに気づかされます。

7年後は私も70歳手前??

そのころ自分がどうなっているのかまったく想像も付きませんが、

とにかく毎年、元気で大間へ通えることを、自分の健康バロメーターの一つにしていきたいと思います。

一度、真冬に氷点下の大間へ行って、大荒れの津軽海峡を見てみたいのですが・・

さすがに踏み込む勇気はありません。

 

先月、着工した厚生棟リノベーション工事はもうすぐすべて完成します。

すでに完成したロッカールームとシャワー室、トイレは先行使用していて、

残すは食堂部分です。

来月から中断していた全社朝礼がここでできることを楽しみにしています。

そして何よりも工場勤務の皆さんが快適な施設を使うことによって、

さらにいい製品づくりができることを願っています。

 

そして、いよいよ北都リニューアルプロジェクトのメインである

事務所棟新築工事に取り掛かりました。

今月より、現在の事務所棟の前庭や車庫、給油設備の撤去工事が始まりました。

このコラムを書いているときに、ちょうど前庭の木や銅像の仮移設、前庭の解体工事を行っていました。

長い間見慣れた風景がなくなるのは一抹の淋しさがあるのですが、

どんどん変わっていく様子を見ていると「いよいよ始まったぁ!」というわくわく感でいっぱいになります。

これから一年、社員の皆さんやご来訪者の方々には大変ご不便をお掛けしますが

どうかご理解とご協力をお願いいたします。

そして一年後の完成を楽しみにしながら日々の仕事にあたっていきたいと思います。

事務所新築工事の概要や進捗状況については来月以降このコラムでも順次ご紹介していきします。

 

 

我が社は6月決算、今月が一年の締めです。

この一年もいろいろありましたがたくさんの方々にお支えいただき

何とか無事に今期も終われそうです。

改めて感謝するとともに、

来期もお客様に喜んでいただける会社を目指してみんなで頑張っていきます。

 

今月も最後まで読んでいただきありがとうございました。

1 2 3 4 5 6 14
PAGETOP